大判例

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東京高等裁判所 平成10年(行コ)133号 判決

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求める裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨

第二  事案の概要

事案の概要、原判決事実及び理由欄「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。

第三  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録に記載のとおりであるから、この記載を引用する。

第四  当裁判所の判断

当裁判所も、本訴請求を全部認容すべきものと判断する。その理由は、次のとおり、控訴理由とそれに対する判断を付加するほかは、原判決説示のとおりであるので、原判決「事実及び理由」中の「第三 当裁判所の判断」の記載を引用する。ただし、三六頁七行目の「(乙三)」を「(乙二)」に、四〇頁五行目の「3」を「4」に訂正する。

控訴理由とそれに対する判断は次のとおりである。

一  控訴理由

1  徹底した個人情報非開示原則

渋谷区情報公開条例六条は、開示しないことができる情報について定め、その二号は、「個人に関する情報で、特定の個人が識別され、又は識別され得るもの」を同号に定める三つの例外に当たらない限りは非開示とした(その例外は、ア 法令の規定により何人でも閲覧することができるとされている情報、イ 実施機関が公表することを目的として作成し、又は取得した情報、ウ 法令の規定により行われた許可、免許、届出その他これらに類する行為に際して作成し、又は取得した情報で、公開することが公益上必要とみとめられるものである。)。特定の個人を識別できる情報は、右の例外に当たらないかぎり、開示しないものと定めたのである。

法人等や個人事業者の事業情報及び区政執行情報に関する同条三号と四号は、これらの情報を開示することを原則とした上で、公開が事業者等にとって不利益と認められる情報、国等との協力・信頼関係を著しく損なうおそれがある情報、区政の公正又は適正な執行を著しく妨げるおそれがある情報及び公正又は適正な意思形成に著しい支障がある情報並びに犯罪などの障害を生ずるおそれがある情報を非開示と定めているが、同条二号を同条三・四号と対比しても、個人識別情報は、プライバシーを冒すおそれがあるかどうかに関わりなく、一律に非公開とされていることがわかる。

いわゆる「プライバシー保護型」とされる名古屋市や大阪府の公開条例と異なり、渋谷区の条例は「個人識別型」に属する。同じ個人識別型である東京都の条例が個人の「住所氏名」を対象とするのとも異なり、渋谷区のそれは、個人を識別できる一切の情報を非公開とした。

ここまで徹底することにより、結果的にプライバシー保護を貫徹させたのであるし、またこのように機械的にしたのは、複雑な判断を不要とすることによって、開示事務を速やかに執行できるようにしたのである。

渋谷区は、情報公開条例と共に個人情報保護条例を制定し、所定の場合を除き、開示を求める本人の情報を開示できることにした。個人情報保護条例の同時制定が必要になったのは、情報公開条例が本人からの請求であるかどうかを区別しないで一切の個人情報を非開示としてしまったためである。もし、情報公開条例がプライバシーに関係のない情報は公開する趣旨であるとすれば、本人からの開示請求には応ずることになるが、情報公開条例は、プライバシーに関係あるかどうかを区別しないで、本人から請求があった場合を含めて、一切の個人情報を非開示としてしまったので、本人から請求があった場合には、これに応じられるようにするために、個人情報保護条例を制定したのである。したがって、個人情報保護条例同時制定の事実も、情報公開条例がプライバシーに関わりなく個人情報を非開示としたことを裏付けるものである。

原判決は、総務部の文書中、区議会議員との懇談会等に出席した区議会議員数が記載された部分の非公開決定を取り消したが、出席区議会議員数を公開すると、懇談会の性格、目的、開催時期、回数その他公開されている情報と組み合わせることによって、出席者を割り出すことができるから、公開条例六条二号の「特定個人が識別され得る」情報に該当する。条例は、特定個人の情報である限りは、公務員かどうか、渋谷区の公務員かどうか、また、問題の情報が公務に関わるかどうかに関わりなく非公開とした。原判決は、個人が公的な立場で公的な活動に従事した情報は非開示の対象とならないとしたが、このように限定して解釈してはならない。

福祉部の文書中の渋谷区保護司会の会長名を黒く塗りつぶしたのも、特定個人名を識別できるからであって、条例の趣旨にそうものである。保護司会会長名は区政概要中で公表されているが、他の文書で公表されているかどうかは関係がない。

2  懇談会の飲食店名

総務部と厚生部の文書中、懇談会等の開催場所である飲食店の領収書の内、飲食店名が記載されている部分を非公開として黒く塗りつぶしたコピーを公開した。領収書には、請求金額や品名、数量、単価、奉仕料などの請求明細が記載されているが、このような情報が長期間に亘って蓄積されると、その飲食店の営業の実態がわかり、取引や営業の秘密が冒される。本件の公開請求は、平成五年から同七年までの三年間分であったが、これだけ長期の情報を公開すると、営業情報や経営内容が飲食店主の知らないところで外部に洩らされたことになり、その飲食店主の正当な利益を害する。それ故に、領収書中の飲食店名は、渋谷区情報公開条例六条三号の非開示情報に該当するが、これを公開すべきであるとした原判決は誤っている。

二  控訴理由に対する判断

1  個人識別情報

「知る権利」があるからといって、誰でもいつでもどんな文書でも公開を求めることができるというわけではない。区が制定した条例が定めた方法により、その条例が定める情報の公開を求めることができるのである。しかし、渋谷区情報公開条例は、「・・・情報の公開を請求する区民の権利を明らかにするとともに、情報の公開等に関し、必要な事項を定めることにより、区民の知る権利を保障・・・する」ものであるから、区民の「知る権利」を尊重する方向で解釈しなければならず、杓子定規的な硬直した解釈は避けなければならない。また、条例が個人識別情報を原則非公開としたのは、プライバシー保護を徹底させるためであったことも、条例の合理的な解釈に当たっては忘れてはならない。

控訴人は、総務部の文書中、区職員等と区会議員との懇談会等の「出席者の総数」「区議会議員の人数」「人数及び一人あたりの単価」を非開示としたが、それが公開されると既に公開されている他の情報と組み合わせることによって出席した区会議員の個人名がわかってしまうことが、非開示の理由であると説明した。しかし、控訴人の主張や証拠によっては、どの情報とどのように組み合わせれば、特定個人を割り出すことができるのか判然としない。この点からも、右の情報の非開示決定が正しいとはいえないが、この点に関する立証を尽くせば、結局、個人名を割り出す方法を教示することになり、右の情報を非開示とした意味が失われてしまうから、その立証を求めることは無理であろう。それよりも何よりも、区議会議員は、区民の選挙によって選ばれるが、区議会議員の活動に関する情報は、区民が選挙権を適切に行使するためには有益な情報である。また、区議会議員が区政の執行者や区の職員との区政に関する懇談会等に出席することが区議会議員の活動の一部であることには疑いの余地がない。区議会議員のような公的立場にある者の議員活動のような公的な活動は、プライバシーとは関係がないことは誰から見ても明白である。そもそも、区議会議員の議員活動に関する情報は、個人の名前が出る情報であっても、条例によって原則非公開とされている個人識別情報又は個人情報には当たらないのである。したがって、条例六条二号に定められている例外のどれかに当たるかどうか検討するまでもなく、総務課文書中の原判決がいう「本件出席者人数等部分」は、個人識別情報に当たらないとして公開すべきであり、これを非公開とした控訴人の決定は、条例の解釈を誤ったものである。

とにかく、特定個人を識別できる情報であれば、どんな情報であっても、また、明らかにプライバシー保護に関係ない情報であっても、条例六条二号によって非公開とされているとの控訴人の主張には、合理的な根拠がない。控訴人が主張するように、個人識別情報を非公開にしたのは、プライバシーの保護を徹底するためであるが、そうだとするならば、区議会議員のような選挙によって選ばれる公的立場にある者の区政に関する活動のような公的な活動は、もともと選挙民の目にさらすべきであって、これを公開してもプライバシーを侵すおそれがないことが明白であり、このような情報を個人情報として秘匿すべき理由はない。控訴人は、情報公開に迅速に対応するためには、複雑な判断を回避して、一律に機械的に個人が識別できるかどうかによって分類する必要があると主張するが、右のような個人情報とはいえない情報を判別することが難しいとは考えられない。むしろ、既に公開されている他の情報と組み合わせることによって特定個人を割り出せるかどうかなどの判断の方が余程ややこしいし、条例六条三号・四号の「不利益と認められる」「著しく損なうおそれ」「著しく妨げるおそれ」「著しい支障がある」「障害を生ずるおそれがある」等の情報であるかどうかの判断の方がはるかに複雑であり、控訴人の主張は理由がない。

なお、個人情報保護条例が情報公開条例と同時に制定されたことには、控訴人主張のような意味があるとしても、右の結論を左右しない。というのは、個人情報保護条例の制定には、控訴人主張のような理由があったことは否定できないとしても、それだけでなく、たとえ本人からの開示請求であっても、医療情報や教育情報など開示することについて難しい問題もあるし、この条例は、この問題も含めて個人情報の収集、管理、利用、訂正等個人情報全般の問題を律するものであって、控訴人主張の点だけを強調するのは相当でないからである。

控訴人は、福祉部の文書である懇談会開催通知書の宛先である渋谷区保護司会の会長名も個人識別情報として非公開とした。被控訴人は、この保護司会会長名は、情報公開条例六条二号イに定める非公開の例外とされている「実施機関が公表することを目的として作成し、又は取得した情報」に当たると主張し、区職員等が情報公開事務執行に当たって参照している渋谷区企画部作成の「個人情報保護・情報公開制度の手引」(乙二)に、この例外の具体例として掲げられている「附属機関委員名簿」に相当することを指摘した。しかし、問題の文書は保護司会会長にあてた懇談会開催通知書であるから、実施機関が公表を目的として作成した文書そのものではなく、形式的には右のイにはあたらない。しかし、保護司会会長名は、区が作成して一般に頒布している区政概要にも記載されているが、この区政概要は、まさに右のイの情報である。右のイの情報として既に公開されている情報は、直接的には右のイの情報文書には該当しなくとも、これと同視すべきものであるから、右のイの情報文書と類推することができ、非公開とする理由はない。また、保護司会会長の個人名が世間に知られたからとしても、その保護司会会長にとって名誉なことではあっても、プライバシーを侵されたことにはならないことは明らかであり、この点からも右の結論が正しいことが検証される。

2  領収書の飲食店名

単発的な飲食店の領収書の公開が、その飲食店に不利益とはならないことは当然である。明細が記載された飲食店の領収書は、その店で飲食すれば誰でもいつでも入手できるからである。控訴人もそういう単発的な情報ではなく、長期間継続的な情報の公開が事業者にとって不利益となると主張する。しかし、なぜ不利益となるのか理解できない。ある飲食店が、どのようなサービスをいくらで提供しているかを、競業者に知られることが事業者にとって不利益となることがあり得ることは否定しない。しかし、それは単発的な領収書で知ることができるし、知られることにより不利益があるとしても仕方がないことである。三年間分の飲食店名入りの渋谷区宛の領収書を見られたとしても、その飲食店の経営状態や企業秘密が洩れてしまうわけではない。領収書の飲食店名を黒く塗りつぶさないと、その飲食店に迷惑がかかるとは到底考えられないのである。したがって懇談会等の領収書中の飲食店名を非公開とする理由は見当たらない。

第五  結論

よって、被控訴人の請求を認容した原判決は正当であり、本件控訴は理由がないから棄却し、控訴費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六七条一項本文、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高木新二郎 裁判官 末永進 裁判官 藤山雅行)

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